ヴァルド派の谷へ行こう!

 2003年5月、日本で初めてヴァルド派のことを専門に取り扱った1冊の本が発売されました。西川杉子先生による『ヴァルド派の谷へ―近代ヨーロッパを生き抜いた異端者たち』です。当研究会の代表も2004年に大学の図書館でこの本と出会い、ヴァルド派についての知識を得たので、とても思い入れのある本です(今では多数の線引きと書き込みでボロボロになっていますが……)。この本の第1章「異端者たちとの出会い」では、当時イングランド留学中だった西川先生が、古文書でヴァルド派の名を見つけ、実際に「ヴァルド派の谷」を訪問する様子が描かれています。このページでは、西川先生ならびに当研究会の代表が幾度となく訪問しているヴァルド派の谷へのアクセス方法を紹介したいと思います。


1.ヴァルド派の谷概要

 そもそも、ヴァルド派の谷(伊:Le Valli Valdesi、仏:Les Vallées Vaudoises)とは、何なのでしょうか。一言でいえば「ヴァルド派の活動の中心地」です。イタリア・ピエモンテ州の州都トリノ Torino から南西へ約53キロの地点に位置し、ペッリチェ谷 Val Pellice、キゾーネ谷 Val Chisone、ジェルマナスカ谷 Val Germanasca なる3つの谷の総称が「ヴァルド派の谷」と考えていいでしょう。アルプス山脈のふもとにあることから、標高は低いところで600m、高いところでは 1,400m に及び、谷の各所にボルガータ Borgata と呼ばれる小さな集落が点在しています。


【現在のヴァルド派の谷の位置関係:フランスとイタリアの国境付近にある】




 ヴァルド派が当地に集落を構えるようになったのは、13世紀初めごろとされています。中世期のヴァルド派は、異端審問官の眼から逃れるべく谷の奥深くに隠れ住んで、秘密裏の信仰活動を行っていました。16
世紀、ヴァルド派が宗教改革に参加し、プロテスタントの一派として公に活動を始めると、カトリック教会によってヨーロッパにおけるヴァルド派コミュニティ(Luberon, Calabria, Saluzzo)は次々と攻撃されるようになりました。結果、ピエモンテの谷が唯一のヴァルド派コミュニティとして残存したことで、同地域が近代以降のヴァルド派の活動の中心地となりました。そして、ヴァルド派牧師ヴァレリオ・グロッソ Valerio Grosso (1585-1649) 1640年に初めて「谷」の地図を作成し、ヴァルド派の活動領域が明確化されたことで、「ヴァルド派の谷」の意識が芽生えはじめました。さらに、近代以降は Valli、Vallées、Valley など大文字始まりで「谷」と書くと、暗に「ヴァルド派の谷」を指すようになりました。



Valerio Grosso “Carta delle tre Valli di Piemonte” (1640)




 ヴァルド派信者たちの「谷」への愛着は非常に強く、「栄光の帰還」などが象徴的ですが、どれだけ迫害を受けようとも、この地を放棄することだけは決してしませんでした。さらに近代には、イエスの弟子である聖パウロがイスパニア伝道の際に「谷」に立ち寄り、谷の住民に直接福音を伝えて以降、当地では常に純粋な福音が保持されてきた……そして、その末裔がヴァルド派である、という「谷」に関連付けた伝承も生み出されました。「ヴァルド派」を意味する Valdese も、ラテン語で「谷」を意味する Vallis から派生したという考えすらあったほどです。

 それだけ「谷」に愛着をもつヴァルド派ですが、現代に至っては若者を中心に仕事を求めて都市部へ移住するケースが増えており、この人口流出が原因で過疎化が進んだ結果、住民の平均年齢は高齢化しているようです。それでもなお、「谷」生まれのヴァルド派としての意識を持つ人々は休暇になるとこの地へ里帰りしてきますし、近隣諸国のプロテスタント信者がプロテスタントのルーツを辿って訪問してきたり、イタリア国内の学校生徒が歴史や文化の勉強のために「谷」を巡ったりしているようです。

 牧歌的な空気のただよう「谷」ですが、実際に足を運んでみると、ヴァルド派の人々が長年にわたって、強固な精神と共に自分たちの信仰を守ってきた軌跡を垣間見ることができるでしょう。


Comunità Montana del Pinerolese が制作した現在の「谷」の地図 : 各地域の特色が的確に捉えられている】


(Cf. Cartografia emozionale della Comunità Montana del Pinerolese - Sportello linguistico, 2008




2.ヴァルド派の谷へのアクセス


 ヴァルド派の谷といっても広いのですが、今回は谷の中心地であり、ヴァルド派関連施設の集中しているトッレ・ペッリチェ Torre Pellice を目指していきたいと思います。流れとしては、以下のチャートのようになります。



Torino Porta Susa → [電車移動:約40分] → Pinerolo → [バス移動:約40分] → Torre Pellice 




【トリノ・ポルタ・スーザ Torino Porta Susa】

 まずは、トリノにある鉄道駅トリノ・ポルタ・スーザ Torino Porta Susa に行きましょう。トリノ市内には、ポルタ・スーザ Porta Susa の他にポルタ・ヌオーヴァ Porta Nuova という駅もあるのですが、間違えずにポルタ・スーザの方に行って下さいね(ポルタ・ヌオーヴァからでも行けないことはないですが、その場合はトリノ・リンゴット Torino Lingotto という駅で一度乗り換えないといけないため、非常に手間と時間がかかります)。

 ポルタ・スーザに着いたら、ピネローロ Pinerolo 行きの切符を買いましょう。片道 5,00 ユーロ(2024年10月時点)。ローカル線の駅なので、イタリア国鉄 trenitalia のサイトでは切符予約ができません。直接、駅の窓口か、券売機でお買い求め下さい。

 切符を買ったら、次はピエモンテのローカル線 Regione Piemonte sfm (servizio ferroviario metropolitano) の Linea 2 Pinerolo 行きに乗ります。青色の路線で、Pinerolo - Chivasso 間をつないでいます。以下で Linea 2 の路線図と時刻表(2021年9月現在)がダウンロードできますので、ご確認下さい。



 路線図:Linea del sfm 2

 時刻表:Orario del sfm 2



【トリノ・ポルタ・スーザ駅 Stazione di Torino Porta Susa】

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Linea 2 :

 

Torino Porta Susa

Torino Lingotto

Moncalieri Sangone

Nichelino

Candiolo

None

Airasca

Piscina

Pinerolo Olimpica

Pinerolo

 

(40 min)



 ピネローロは終点の駅なので、ポルタ・スーザを出た後は約40分ほど、のんびり鉄道の旅をお楽しみください。トリノから離れるにつれて、少しずつ山が近づいてくるのがわかります。



【ピネローロ Pinerolo】

 ピネローロに着いたら、駅ナカの売店タバッキ Tabacchi にて、トッレ・ペッリチェ Torre Pellice 行きのバスの切符を買いましょう。片道 3,30 ユーロ(2024年10月時点)。土日など営業時間外でタバッキが閉まっている場合は、バスの運転手さんから直接切符を買うこともできます。

 切符を買ったら、次はカヴーレーゼ社 CAVOURESE の路線バス pullman に乗りましょう。バスの停留所(イタリア語では「フェルマータ」fermata といいます)は、ピネローロ駅の南側にあります。駅の正面出口を出て少し左に向かって進むか、もしくは列車のホームからそのまま停留所の方へと抜けることもできます。停留所に行くと、青い色をしたカヴーレーゼ社の路線バスがとまっているのがわかるかと思います。トッレ・ペッリチェ行きの路線番号は901なので、901 Torre Pellice という表示の出ているバスを探しましょう。運転席近くの入口から乗り込み、車内の切符改札機にて、切符を有効化(打刻)します。以下で Linea 901 の時刻表(2021年9月現在)がダウンロードできますので、ご確認下さい。


 Linea 901 : Torino P.N. - Pinerolo F.S. - Torre Pellice F.S - Bobbio Pellice


【ピネローロ駅のバス停留所(左)とカヴーレーゼ社のバス(右)】

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 トッレ・ペッリチェは終点のバス停なので、降りるタイミングを見計らって降車ボタン(イタリア語では「カンパネッラ」campanella といいます)を押す必要はありません。ピネローロを出た後は約40分ほど、のんびりバスの旅をお楽しみください。ちなみに、2012年までは Pinerolo - Torre Pellice 間に鉄道が走っていました。ピネローロの駅舎から少し離れたところにある5番線乗り場が、トッレ・ペッリチェ行きの鉄道のホームです。現在は廃線となっているため、トッレ・ペッリチェに行くには路線バスを利用するしかありません…… かつてこの鉄道を使っていた身としては、ちょっと寂しいものを感じます。



【トッレ・ペッリチェ Torre Pellice】

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 さぁ、いよいよヴァルド派の谷の玄関口トッレ・ペッリチェに到着です! カヴーレーゼ社のバスは、以下のような場所に着きます。


  



 これはトッレ・ペッリチェの駅舎です。かつては実際に利用されていましたが、今は鉄道駅としては機能しておらず、Linea 901 のバス停と化しています。帰りのバスも、ここから乗りますので、覚えておいて下さいね。ちなみに駅舎の中にはバールが入っており(写真の赤い車が停まっているところ)、こちらは現在も営業中。バスの切符も、このバールで買うことができます。営業時間外は、バスの運転手さんから直接切符を買いましょう。

 さて、無事に到着したところで、さっそく駅 stazione から中心部 centro を抜け、ヴァルド派関連施設の集中するベックヴィス通り Via Beckwith に向かって歩いてみましょう。西川先生のご著書にも出てきた「あの通り」です。まず、駅舎を背にして左側、アミーチス通り Viale de Amicis のゆるやかな坂をのぼっていきます。すると、2車線で車が走る161号線 Strada Provinciale 161 につき当たります(この時、左手にガソリンスタンド esso が見える)。161号線には横断歩道がかかっていますが、信号がないので、タイミングを見計らって渡って下さい。横断歩道の先にはローマ通り Viale Roma という細い道が続いていますので、そのまままっすぐ進みましょう。


【161号線 Strada Provinciale 161(左)とローマ通り Via Roma(右)】

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 ローマ通りのつきあたりには、リベルタ広場 Piazza Libertà があります。広場まで来たら左に曲がりましょう。すると、トッレ・ペッリチェの役場がある役場前広場 Piazza Municipio が見えてきます。役場の建物には観光案内所 Ufficio Turistico が入っていますので、地図やバスの時刻表をもらっておくといいかもしれません(バスの切符も買えます)。ただし、観光案内所は午前中しか開いていないので、ご注意下さい。


【リベルタ広場 Piazza Libertà (左)と役場前広場 Piazza Municipio(右):役場と同じ建物内に観光案内所がある】

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 役場を右手に、さらにずんずん進んでいくと、アルナウド通り Via Arnaud という、ちょっと広い通りに抜けることができます。アルナウド通りのつきあたりには、ヴァルド派の巡礼宿フォレステリア・ヴァルデーゼ Foresteria Valdese があります。トッレ・ペッリチェには数軒のホテルがありますが、このフォレステリア・ヴァルデーゼが、値段的にも、立地的にもオススメです。

★その他のトッレ・ペッリチェのホテル:

Hotel Centro
1階がリストランテ、2階が客室になっているホテル。少しお値段が張るものの、町の中心にあるので移動拠点として便利、リストランテのクオリティも申し分なし。

Casa Vacanze Provenzale
「谷」でヴァカンスを過ごすためのアパートホテル。やや町はずれにあるので、移動拠点としてはやや不便なものの、室内にキッチンがついているなど便利な面もあり。


【アルナウド通り Via Arnaud(左)とフォレステリア・ヴァルデーゼ Foresteria Valdese(右)】

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 アルナウド通りのつきあたりは交差点になっています。この先が、そのままベックヴィス通りに繋がっています。交差点右手には、17-18世紀のヴァルド派の指導者アンリ・アルノーの銅像が立っていますので、ちょうど良い目印になるかと思います。


【ベックヴィス通り Via Beckwith】

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 ベックヴィス通りには、ヴァルド派関連施設が集中しています。この写真から見て右手側には、ヴァルド派福音教会の本部であるカーザ・ヴァルデーゼ Casa Valdese、2本の鐘楼を備えた山吹色のヴァルド派の教会 Tempio valdese、牧師の家と寄宿舎などがあり、左手側には地元の高校生が通う学校 Collegio valdese、ヴァルド派の複合研究施設であるヴァルド派文化センター Centro Culturale Valdese、ヴァルド派の公民館 Casa unionista などがあります。ここまで来たら、ぜひヴァルド派文化センターを訪ねてみて下さい。素敵なスタッフのみなさんが温かく歓迎してくれると思いますし、ヴァルド派の世界をもっと深く知ることができるでしょうから♪


【ヴァルド派の教会(左)とヴァルド派文化センター(右)】

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【トッレ・ペッリチェ遠景】

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※ 本ページで使用している画像は、管理人自身が撮影・入手した写真およびヴァルド派文化センターからご提供いただいたものを使用しております(それ以外の画像は引用元を付記しています)



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